2013年12月10日

ヒグマの挨拶。




11月末。粉雪が舞い始めた知床半島の山肌を
ゆっくりと歩いて登っていく一頭のヒグマに出会った。
早朝で辺りはまだ薄暗い。カメラを構えはしたものの
良い画質での撮影は半ばあきらめて
穏やかな気持ちで彼の姿を眺めていた。

すると、別の方角から、もう一頭のヒグマがやってきた。
もともと一緒に歩いていて、少し離れてしまっていたのか、
それとも偶然出会った場面を、私が幸運にも目撃できたのか。
二頭のヒグマは、鼻を突き合わせるようなしぐさを見せた。
木々が邪魔で、よくは見えなかったが、きっと挨拶をしていたのだろう。
その直後、ヒグマの鼻先から、ふわりと吐息が湯気となって
山肌の冷たい空気に浮かんでは消えるのが、見えたような気がした。

その後、二頭は離れ、別々に歩きながら山の向こうへと姿を消した。
あとに残された私は、言いようのない幸せを感じていた。
「なんでもない、些細な出来事」
人が目にすることない、野生動物のささやかな日常を、
間近に見ることができたように感じたからだ。

この感覚に浸されたくて、私は森の中を歩き続けているのだと思った。
撮影者としてはきっと失格なのだろう。
だが、私はこれでいいのだと思う。

今年はまだ雪が少ない。
だがもう間もなく、彼等も冬の眠りにつくことだろう。


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Posted by Sinh at 17:36│Comments(2)知床
この記事へのコメント
傍観者であること。
野生動物を観察するとき、僕はいつも傍観者でありたいと思ってます。
自然のリズムを乱す事もなく、そっといつまでも傍観していたいと。
Posted by Shige at 2013年12月14日 17:02
□ Shigeさん

コメントありがとうございます。
そうですね。どうしても彼等にとって異質な存在になってしまう
撮影者ですから、できうる限り、ひっそりと、寄り添うように
彼等の世界を覗かせてもらえたらと、いつも思います。
そして、そうできなかったときは、とても後悔しますね。
Posted by SinhSinh at 2013年12月15日 20:53
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